大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和43年(ワ)511号 判決

主文

右当事者間の当庁昭和四三年(手ワ)第三八号約束手形金請求事件の手形判決を認可する。

異議後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、被告は、振出人名義を「熊本市草葉町4―7、合資会社安心荘、斉藤シズエ」として、次の約束手形一通を振出した。

金額      一〇〇万円

支払期日    昭和四二年一〇月二三日

支払地・振出地 熊本市

支払場所    九州相互銀行熊本支店

振出日     同年七月二三日

受取人     東洋鉄工株式会社

二、右約束手形には、右東洋鉄工株式会社から被裏書人を白地とする裏書および原告から訴外商工組合中央金庫に対する裏書の記載があるところ、右商工組合中央金庫は右約束手形を支払期日に支払場所において呈示したがこれが支払を拒絶された。

三、原告は昭和四二年一〇月二四日右商工組合中央金庫に対して右約束手形金一〇〇万円を支払つたうえ、これを受戻し、手形上の権利を取得した。

四、よつて、原告は被告に対し、右約束手形金一〇〇万円とこれに対する満期日の昭和四二年一〇月二三日から支払済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁事実は否認すると答えた。

証拠(省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因一の事実は、被告が本件約束手形を振出したとの点をのぞき全部認める。本件約束手形は、被告会社の無限責任社員である斉藤シズエが被告会社の代表者としてではなく個人として振出したものである。

と答え、抗弁として、

仮りに、被告に本件約束手形の振出人としての責任が認められるとすれば、本件約束手形は、訴外東洋鉄工株式会社代表者山辺善衛からの見せ手形として振出して貰いたい旨の求めに応じ、振出については何ら責任を負わない約定のもとに振出されたものであつて、原告はこの間の事情を知悉しながら本件約束手形を取得したものであるから、被告は原告に対し本件約束手形金を支払う義務はない。

と述べた。

証拠(省略)

理由

一、被告会社の代表者である斉藤シズエが、振出人欄を「熊本市草葉町4―7、合資会社安心荘、斉藤シズエ」と表示した原告主張のような約束手形一通を振出したことは、当事者間に争いがない。そこで、右約束手形の振出人が被告であるか否かについて判断する。

法人の手形行為は、その代表者が法人のためにする旨を記載して代表者自身の署名または記名捺印をする方式によることを要するものと解されるから、その方式は(1)法人の表示、(2)代表関係の表示、(3)代表者の署名または記名捺印の三つの要素からなるものというべきところ、法人のためにする旨の記載すなわち代表関係の表示については、代表権限を有する地位職名を表わす文言を記載するのが普通であるが、これについて格別の方式の定めがあるわけではないから、代表者個人のためにするものではなくして、法人のためにすることを認識しうる程度に記載すれば足りるものと解すべきである。そして、その表示が代表関係を意味するかどうかは、手形の文言証券性からいつて手形上の記載のみから判断すべきであつて、その記載されている署名または記名捺印者の住所、地位、勤務先などの肩書を評価しても、それが代表関係の表示なのかそれとも個人の肩書の表示なのか確定できず、そのいずれとも解釈できるときは、行為者が法人ともまた個人とも解される余地があるが、このような場合は、手形取引の安全を保護するため、手形所持人は会社および個人のいずれに対しても請求できるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告代表者斉藤シズエが本件約束手形を振出すに際して使用した「熊本市草葉町4―7、合資会社安心荘、斉藤シズエ」なる振出名義は、成立に争いのない甲第一号証によると、ゴム印の押捺によるものであつて、斉藤シズエの名下に

〈省略〉

と刻した印章が押捺されていて、「安心荘」の部分が他の部分に比較してやや大きく刻されているものであるが、右表示だけでは、振出人が被告であるともまた斉藤シズエ個人であるとも認定することは困難であつて、そのいずれとも解する余地があるものといわねばならない。

なお振出人欄の被告会社の表示が、登記簿上は「合資会社旅館安心荘」であるのに「合資会社安心荘」と表示されているけれども、これは一般取引上通称の表示と認めるのを相当とする。

そうだとすると、被告は本件約束手形について振出人としての責任を免れることはできないものといわねばならない。

二、原告主張の請求原因二、三の事実は、被告において明かに争わないから、これを自白したものとみなす。

三、次に被告の抗弁について判断する。

被告の本件約束手形は見せ手形である旨の主張にそう証人斉藤常雄の証言が存するけれども、右証言だけでは未だこれを認めることができないばかりでなく、仮りに本件約束手形が被告主張のような事情のもとに振出されていたとしても、原告がこの間の事情を知つていたことを認むべき証拠は全く存しない。従つて被告の抗弁は理由がない。

四、そうだとすると、本件約束手形金一〇〇万円およびこれに対する満期日の昭和四二年一〇月二三日から支払済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める原告の請求は正当であるから、民事訴訟法第四五七条第一項本文によりこれと符合する主文掲記の手形判決を認可し、異議後の訴訟費用の負担につき同法第四五八条第一項第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例